出産の機会に予期せぬ重度脳性まひの子が出産した場合に、ご家族の苦しみ、悩み、真相を知りたいという思い、そして経済的負担には多大なものがあります。
このようなご家族の負担を少しでも軽減し、再発防止に役立てるために、「産科医療補償制度」があります。
ここでは医療過誤・医療事故の無料法律相談でご家族から良く受けるご質問を中心にしてQ&Aにまとめています。
- Q1産科医療補償制度とは?
- Q2対象となる脳性麻痺とはどのようなものですか
- Q3時期的制限はありますか?
- Q4産科医療補償制度の見直し・変更点は?
- Q53000万円の補償額以上の賠償を求めることができますか?
- Q6損害賠償を受ける時、産科医療補償の補償金はどうなりますか?
- Q7患者・分娩機関の満足度は?
- Q8患者側弁護士の「産科医療補償制度」への取り組み
Q1産科医療補償制度とは?
A1産科医療補償制度は平成21年1月からスタートしました。
出産の際に出生児が重度脳性麻痺になった場合、医療機関・医師の過失の有無を問わず、3000万円の補償金を支払うという制度です。
産科医療補償制度は、分娩に関連して発症した重度脳性麻痺児とその家族に対し速やかに補償するとともに、公正・中立的な立場で医学的な観点から原因分析を行い、産科医療の質の向上を図ることを目的としています。
当初導入された制度の概要は以下の通りです。平成21年1月1日から平成26年12月31日に出生した児が対象です(その後、平成27年1月1日以降に出生した児については変更がありましたので、後述Q3も参照下さい)
補償対象は、
- 出生体重が2000グラム以上かつ在胎週数33週以上
- 身体障害者1級か2級相当の重症児
以下の個別審査で補償の対象になることもあります。
- 低酸素状況が持続して臍帯動脈血中の代謝性アシドーシス(酸性血症)の所見が認められる場合(pH値が7・1未満)
- 胎児心拍数モニターにおいて特に異常のなかった症例で、通常、前兆となるような低酸素状況が、例えば前置胎盤、常位胎盤早期剥離、子宮破裂、子癇、臍帯脱出等によって起こり引き続き、次のア~ウのいずれかの胎児心拍数パターンが認められ、かつ、心拍数基線細変動の消失が認められる場合
- 突発性で持続する徐脈
- 子宮収縮の50%以上に出現する遅発一過性徐脈
- 子宮収縮の50%以上に出現する変動一過性徐脈
補償金額3000万円は、具体的には、準備一時金として600万円と子が20歳になるまで補償分割金として2400万円が毎年分割(年120万円×20回)にて支払われます。
なお、平成21年1月1日以降の出産が対象ですが、当該医療機関が制度に加入していないと支払われません。
Q2対象となる脳性麻痺とはどのようなものですか
A2脳性麻痺は、受胎から新生児期(生後4週間以内)までの間に生じた脳の非進行性病変に基づく、永続的かつ変化しうる運動および姿勢の異常をいいます。
進行性疾患や一過性運動障害または将来正常化すると思われる運動発達遅滞は、対象となりません。
症状としては、体が反り返りやすい、手足がこわばって固いなどです。そのほかにも、生後数ヶ月から数年経過した後に、首のすわりが悪い、寝返りができない、お座り・はいはいの時期が著しく遅いなど、運動発達の遅れで気づかれることがあります。
Q3時期的制限はありますか?
A3補償申請できる時期については、子の満5歳の誕生日までとされています。
救済洩れ事案も発生しており、私が相談を受けた両親の中にも5年経過後に制度を知ってご相談に来られた方がおられました。
情報が十分に行き渡っていないことからも、申請期限を5歳の誕生日までに区切ることには疑問があります。
産科医療補償制度は原因分析など専門家の献身的な作業で軌道に乗っていますが、まだまだ被害者の視点からいえば改善の余地があるといえるでしょう。
Q4産科医療補償制度の見直し・変更点は?
A4平成27年1月、産科医療補償制度が改正され、条件が緩和されました。
従前は、「出生体重が2000グラム以上かつ在胎週数33週以上」とされていた条件が、「出生体重が1400グラム以上かつ在胎週数32週以上」になったものです。
つまり、より早産で低体重の子の救済へ門戸が広がることになります。この制度は、平成27年1月1日に出生した児に適用されます。
産科医療補償制度は、遅くとも5年後をめどに検証し見直しを行うとされていたところ、1分娩あたり3万円徴収されていた掛け金の剰余金が800億円を超えて問題にもなっていたものです。
改正の方向としては、「補償額の増加」と「補償範囲の拡大」がありえましたが、後者のみとなったものです。
なお1分娩あたりの掛け金は3万円から1万6000円に引き下げられます。
Q53000万円の補償額以上の賠償を求めることができますか?
A5産科医療補償制度は見直しされましたが、補償額は従来どおり、20年間で3000万円(一時金600万円、分割金120万・20回)のままです。
しかし、出生児が障害者1級、2級相当の障害を負えば、その損害は3000万円を優に超え、場合によっては1億円以上になります。したがって、産科医療補償制度にて補償金を受領することになっても、それとは別に医療機関側の過失(注意義務違反)などを立証して、3000万円を超える損害について、賠償請求(示談・訴訟)することは当然認められるわけです。
つまり、産科医療補償制度で3000万円が支給されることになっても差額について損害賠償請求することが可能です。
私が担当した事案では、医師会の審査の結果、3000万円を超える損害について提案がありましたが、賠償額に納得がいかずに提訴したケースがあります。
家族の置かれた状況や日々の生活について、母の陳述書や写真などによって細かに主張・立証した結果、ほぼ主張額通りで和解が成立しました。
Q6損害賠償を受ける時、産科医療補償の補償金はどうなりますか?
A6Q5のように産科医療補償制度の3000万円を超える損害について請求し、損害賠償請求が認められた場合には、損害賠償額と補償金額の調整が必要になります(特に被害者側で行う手続きはありません)。
両親が産科医療補償制度の補償金の支払を受けていた場合には、支払い済みの補償金は、損害賠償金に充当されることになります。
例えば産科医療補償制度の一時金600万を受領していた時点で、損害賠償金8000万円が示談交渉ないし裁判で認められた場合を考えてみましょう。
8000万円というのは被った損害の総額です。従って産科医療補償制度の600万円は賠償額に充当されます。その結果、8000万円-600万円=7400万円を示談金ないし裁判の和解金として受領することになります。
8000万円という手取額に変更はありませんが、調整が必要になるということになるわけです。私の担当した訴訟では、裁判所の和解案が総損害額として呈示され、これに対して、被告(医療機関)が支払済みの産科医療補償制度の補償金を充当する旨を主張し、原告(患者)において受領済みの補償金を確認した上、「和解案の総損害額-受領済みの補償金」が支払われました。
なお賠償金の支払いを受けた後は、当然ですが、産科医療補償制度の月々の分割金の請求権は消滅することになります。
Q7患者・分娩機関の満足度は?
A7日本医療機能評価機構が実施したアンケートによると、原因分析報告書の内容について、「とても納得できた」「だいたい納得できた」を合わせると94%に達しました。
産科に限らず「医療過誤ではないか」と法律相談に来られる患者・ご家族は、医療機関の対応への不信、結果発生後の説明への不満、真相が分からず納得できないという思い・・を抱えている方が少なくありません。
その意味で産科医療補償制度の現在の取り組みは、患者側の要望にそれなりに添えていると評価できると思います。
しかし一方で、産科医療補償制度の目的としては、不幸にも重度脳性麻痺を後遺した児と家族の救済こそ第一の目的に位置づけなければなりません。
そのためには、同制度に加入する医療機関を増やすことにくわえ、補償対象が1級か2級に限定されているのは見直しの余地がまだあります。
そして個別審査においては、患者家族救済の視点での運用が強くのぞまれるといえるでしょう。
Q8患者側弁護士の「産科医療補償制度」への取り組み
A8患者側として医療問題・医療過誤に取り組み弁護士は、毎年、全国交流集会を開催して研鑽を積んでいます。
第34回・医療問題弁護団・研究会の全国交流集会は、久しぶりに福岡で開催され、全国から160名の弁護士が参加。
メインテーマとしては、私の提案した「産科医療補償制度」を取りあげることになりました。
「分娩監視上の問題点」、「子宮収縮薬の使用事例」、「ACOG基準と産科医療補償制度」、「臍帯脱出における脳性麻痺の再発防止」等の報告が行われ、全国の弁護士による活発な意見交換が行われました。
産科医療補償制度の対象になった場合、特に注意すべきは2点です。 まず、医療過誤(病院に過失がある場合)の損害額は通常1億を超えることが多く、産科医療補償制度ではまかないきれないことです。 次に、産科医療補償制度の対象となっても、医療過誤である場合とそうでない場合があることです。
つまり産科医療補償制度を超える損害を請求する場合には、弁護士に医療調査から依頼して、病院に過失があるか否かを調べて、損害請求していく必要があるわけです。
平成26年11月末までに補償対象と認定された1106件のうち、損害賠償請求は50件、うち訴訟提起が31件、訴訟前の示談交渉が19件になっています。