胃内視鏡検査を実施した医師が適切な再検査を実施していれば、スキルス胃がん患者が、その死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったとして、医師の責任を認めた最高裁判決
最高裁平成16年1月15日判決が、適切な再検査を行っていれば、実際にスキルス胃がんの治療開始した時より3か月前の時点で発見することが可能であり、その時点における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法が直ちに実施され延命の可能性があったとして、患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があると認められると判断して、患者側敗訴の原審を破棄差戻しました。
事案
当時30歳の女性は、平成11年7月24日、胸のつかえ等を訴えて開業医の診察を受けました。
胃の中に大量の食物の残りかすがあったため、十分に観察できなかったにもかかわらず、開業医が再検査を実施しようとはせず、慢性胃炎と診断し内服薬を与えて経過観察を指示するにとどまりました。
患者はその約3か月後である同年10月、症状が改善しなかったために、総合病院を受診して胃CT検査、胃内視鏡検査を受けたところ、スキルス胃がんと診断されました。しかしその時点でがんは既に骨に転移して手遅れの状態でした。
患者は直ちに入院して化学療法を受けましたが、平成12年2月に死亡したというものです。
争点
医師の「過失」があっても、死亡との「因果関係」が認められない場合には、死亡による損害賠償請求は棄却されます。
しかし、適切な治療が行われていれば、患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性がある場合には、患者は、「相当程度の可能性」を侵害されたとして賠償請求が可能とされます(平成12年9月22日最高裁判決)。
このように「法益の二段階構造」を認めたとされる平成12年最高裁判決について、本件は、診療契約上の債務不履行にも妥当することを明らかにした判決ということができます。
(なお患者は、不法行為に基づく損害賠償請求も、診療契約上の債務不履行も請求可能と考えられています。本件は患者側が債務不履行だけで請求していたために判断されたものにすぎませんから、実務感覚的には当然という感じの結論です)。
相当程度の可能性の%は?
本件は、「相当程度の可能性」について法益侵害性を認めたところに意義がありますが、では相当可能性の程度は?と問われるとなかなか難しいものがあります。
医療統計が出そろっている分野については、当然その%を主張することになりますが、統計が存在しない分野も少なくありません。
そのため、「可能性の程度は何%などと確定できる必要はなく、仮に数値化できたとしても2割を下回るような比較的低いレベルの可能性であっても相当程度の可能性の存在を認めるうえでの妨げにはならない」(「医療訴訟」青林書院)と考えられています。
残された課題
そのほかに、「相当程度の可能性の主張立証責任はどうなるのか」、「可能性侵害された場合の損害額はどうなるのか」など付随的論点もあります。
相当程度の可能性法理は、医療事件における賠償責任を認めるためのハードルを低くしたと考えられています。しかし一方において、因果関係の立証のハードルを高くする反作用を生じさせ、従来であれば逸失利益まで認められていた事案が、低額の慰謝料のみにとどまっているとの指摘もあります(医事法判例百選・第2版・69判例・神戸大学手嶋豊教授)。
患者側弁護士としては従来通り、「過失」と「死亡」という結果の「因果関係」の立証に力を注いでいく、そして仮に相当程度の可能性にとどまる場合にも損害額の上積みの立証を試みるということが実務的に大事になってくるでしょう。