食道がんの手術の際に患者の気管内に挿入された管が手術後に抜かれた後に患者が進行性のこう頭浮しゅにより上気道狭さくから閉そくを起こして呼吸停止及び心停止に至った場合において担当医師に再挿管等の気道確保のための適切な処置を採るべき注意義務を怠った過失があるとした最高裁判決
最高裁平成15年11月14日判決は、食道がんの手術の際に患者の気管内に挿入された管が手術後に抜かれた後に患者が進行性のこう頭浮しゅにより上気道狭さくから閉そくを起こして呼吸停止及び心停止に至った場合において、担当医師に再挿管等の気道確保のための適切な処置を採るべき注意義務を怠った過失があると判断して、患者側敗訴の原審を破棄差し戻しました。
事案
当時57歳の患者は、平成6年11月14日、食道がんとの確定診断を受けて、同年12月6日、手術のために入院しました。
同月12日午前11日17分から翌13日午前5時25分まで約18時間にわたって、食道全摘術・いん頭胃ふん合術の手術を受けました。
患者は、手術後、経鼻気管内挿管のまま、集中治療室に入りました。
同月18日早朝、患者が呼吸苦を訴えなかったことから補助呼吸から自発呼吸のみとしました。そして、同日午前10時50分ころ、動脈血液ガス分析の結果が良好であったことから、抜管可能と判断し、抜管の処置をしました。
抜管後、こう頭浮しゅ(++)がみられたほか、同日午前10時55分ころ、患者の吸気困難な状態が高度になったことを示す胸くうドレーンの逆流が生じました。
しかしながら、医師は再挿管を直ちにする必要はないと判断し経過観察にとどめました。
(この時点で、軽度の呼吸困難の訴えや努力性呼吸がみられた上、上気道の狭さくを示すしわがれ声による発声もありました)
医師は、同日午前11時7、8分ころ、安定したと判断し、患者から目を離し、ドレーンの排出状態を観察するなどしていたが、同日午前11時10分ころ、患者を見ると、四肢冷感、爪床色不良、冷汗、顔色及び口唇色不良等のチアノーゼが現れていて、経鼻再挿管を試みたが成功せず、患者は心停止に至り、約1年半後の平成8年7月、食道がんの再発・進行によって死亡しました。
争点
術後の呼吸管理や経過観察について、担当医師に注意義務違反があったかが争点でした。
原審は、患者の呼吸状態はいったん安定した状態になったことを前提に、その後、呼吸停止に至るまでの時間が相当短時間であったことから、医師が呼吸困難な状態に陥ったことを直ちに気づかなかったとしても注意義務違反はないとして請求を棄却していました。
しかし最高裁は、午前10時55分ころ喉頭浮腫(++)を確認していたこと、胸腔ドレーンの逆流が生じていたこと等から、医師はこれがさらに進行すれば上気道狭窄から閉塞に至り、呼吸停止、ひいては心停止に至ることは予見可能であり、再挿管等の気道確保のための適切な処置を取るべきであったと判断して、破棄差し戻したものです。
差し戻しを受けた大阪高裁は、控訴人4名に対して各550万円(合計2200万円)の損害を認定した判決を下して確定しています。
ポイント
鑑定人2名が、胸腔ドレーンの逆流が生じた時点で、再挿管等の気道確保の処置を執らなかったことに疑問を呈しており、最高裁はこの点を重視したものと思われます。
抜管後の喉頭浮腫については医学論文でも少なくないケースが報告されています。鑑定でも「抜管後、1時間程度は注意深く観察すべきである」と指摘されており、このような視点から、極めて短時間の医療経過ですが、最高裁は責任ありと判断したものになるでしょう。