X線写真などから明らかな消化管穿孔を見落とし、患者をケアホーム帰宅後に死亡させたとして3000万円の損害賠償を認めた判決
事案
当時59歳だった患者は、入所していたケアホームで複数を訴え、紹介された病院を受診しました。循環器専門の医師は、腹部触診はせずに、腹部X線検査を実施しました。
結果的に振り返れば、このX線写真には小腸拡張及び遊離ガス像がありましたが、医師は、「便秘症」と診断し浣腸を行っただけで帰宅させてしまいます。
その後も腹痛が続くため、別の病院を受診しましたが、前述の医師の報告書にしたがって浣腸を行いました。
ケアホームに戻った患者は、23時頃、意味不明なことを発言していましたが、腹痛は軽減していることから、自室ベッドに誘導されました。
翌日9時ころ、患者は自室において、ベッドにもたれかかるようにあぐらをかいた状態で心肺停止になっていることを発見されました。
解剖の結果、十二指腸潰瘍の穿孔により汎発性腹膜炎を発症し、さらに全身性炎症反応症候群、敗血症性ショックにより死亡したことが判明したものです。
争点
最初の受診の段階において、必要な問診・検査を行い、さらに精査すべき義務があったかが問題になります。
また、必要な措置を執っていれば救命できたか否か因果関係も問題になります。
ポイント
この点、裁判所は、事後的にみれば、X線写真に遊離ガス像があったことを認定した上、一般内科医師がその当時知り得た情報を前提に、本件X線写真から小腸拡張及び遊離ガス像を読み取れるかを検討するという手法を採りました。
そして「当時知り得た情報」としては、医師が腹部触診をしていないがしていれば腹部が固いという所見が得られていたと認められること、別の病院からの診療情報提供書には急性腹症の疑いがあることや、数日前からの嘔吐・激しい上腹部の痛みが記載されていること、問診票には当日昼から胃がしめつけられるように痛いとの記載があることから、いずれも重篤な腹部状態をうかがわせるものであると指摘しました。
その上で、鑑定人及び証人が「消化器を専門としない一般内科医においても所見を疑って精査をするめることは必須である」と指摘していることから、一般内科医である医師も、当時知り得た情報を前提として、本件X線写真から小腸拡張及び遊離ガス像を読み取ることができたと認めるのが相当であると認定したものです。
因果関係については、本件診療時におけるMPIが合計17点であり、死亡率が高くなる26点を超えるものではないことが認められるから、医師が、本件診察時に消化管穿孔を疑い、輸液等により循環状態を安定させた上で、腹部CT検査及び手術ができる高次医療機関に転医させるなどの適切な処置をしていれば、患者が死亡した時点で死亡結果を回避することができた高度の蓋然性があると認められると判断しました。
本件では、医師が腹部触診をしていなかったにもかかわらず、後日、加筆してカルテを改ざんして隠蔽しようとしたことをふまえて損害額としても慰謝料3000万円が認定されています。
急性汎発性腹膜炎(急性びまん性腹膜炎)は、腹腔内に炎症が波及したものであり、早急な治療が必要で放置すると致命的(医学大事典)と言われています。
患者の処置を誤ると死亡という重大な結果を引き起こしやすく、医療相談としても多い類型の一つと言えるでしょう。