胃潰瘍の既往ある患者に胃内視鏡検査などの精密検査を怠り、その後、胃がんが判明して患者が死亡した
【事案の概要】
胃潰瘍の既往のある患者が1年半ほど胃の痛みを継続的に訴えていたにもかかわらず、胃内視鏡などの精密検査を怠り、その後、患者が胃がんで死亡したという事案です。
30代の男性患者は7年前に胃潰瘍による入院・治療歴がありました。
それ以来、患者はかかりつけ医のクリニックに時々通院し、4年前には胃潰瘍が再発・治療していました。
そして1年半前からは強い胃の痛み、背部痛などを訴えるようになりましたが、その間、クリニックは胃薬の投与のみしか行いませんでした(患者主張)。
血液検査を実施したところ、悪性腫瘍の可能性があるということで転院先にて胃がん(ステージⅣ)が判明したものです。
患者は適切な治療を受ける間もなく、胃がん判明からわずか2か月で死亡しました。
【示談の経過】
患者死亡後、遺族から相談を受けて医療調査として受任。その後、示談交渉を受任しました。
診療録を分析すると、胃がん判明するまでの1年半は、キリキリするような胃の痛みを訴えたり、薬内服している期間は良いが切れると痛みが出てくることなど頻繁に主訴が残されていました。第三者の協力医の意見も年齢や既往・主訴からして胃内視鏡検査をしない方が医師として怖いし、検査しない理由が分からないというコメントをもらいました。
既往歴・問診結果・治療経過からすると、内視鏡検査など諸検査を適時に実施して、胃癌と判明した場合には直ちに治療を開始するか、他の医療機関に転院させる注意義務を負担するとして義務違反による損害賠償請求を主張しました。
これに対して、クリニックは、患者に対し繰り返し胃内視鏡検査を勧めていたが断られていたにすぎない、看護師も患者が検査を受け入れなかった経緯を聞いていたと主張し、無責の回答でした。
この点、胃内視鏡を勧めたり、断られたという記載は診療録には一切ありません。一方、患者が死亡する直前、入院先のベッドサイドにて家族に心情を話したビデオが残されていました。
そのビデオには患者の無念や何も処置を勧めてくれなかったという訴えがあり、このビデオを再提出した上、再度の検討を申し入れました。
クリニックは最後まで争う姿勢を見せつつも、いわゆる相当程度の可能性を前提にした再協議に応じることになり、最終的に600万円にて示談成立したものです。
【ポイント】
本件は診療録の記載も少なく、診療経過自体が強く争われて大きな争点になりました。患者が亡くなる直前に残していたビデオがなければ示談自体が困難だった可能性もあります。
遺族も最後まで訴訟に踏み切るか、示談交渉を継続するか悩まれましたが、最終的に一定の責任が認められたと判断し示談を選択しました。
胃がんの見落としは医療事故の1つの典型事例で、内視鏡検査を実施すべき注意義務や転院させるべき注意義務が争われるケースは少なくありません。
典型事例であるにもかかわらず、本件のように医療機関と患者の認識がずれることは良く見受けられます。裁判例も事案によって判断が分かれており、診療経過・既往・年齢・胃がんの状態など個別の事実経過を詳細に分析した上、注意義務違反の立証だけではなく、因果関係についても立証の見通しを立てることが必要になります。